温もり。


 普段はあまり開けることの無かった引出しの奥で『それ』を見つけた。
 今はもう使う者は誰もいない『それ』だったが、目にした瞬間、胸の奥に温かい火がふわりと灯ったのが分かった。温もりなど残っているはずは無いのに、まるであの時の温度が体に染み込んでくるような、そんな錯覚。
 柔らかい『それ』を壊れ物でも扱うかのように優しく撫でた。口元に自然と笑みが浮かんでくる。


 久し振りに手にした柔らかさは、子供用の小さな手袋と、マフラー。




「サムクナイヨ。」





 ―――だって、寒かったんだもの。
思えばあの頃の自分の生活はそれは酷いものだった。しかし、あくまでもそれは今の自分から見ればの話だ。当時の自分にとってはそれは受け入れるべき現実でしかなく、また、それ以外の選択肢など持ち合わせていなかった。「寒い」と「痛い」以外の感触などはとうに忘れかけていたし、目に移る景色は常に濁った膜に包まれた無彩色だった。
 しかし、そんな澱んだ世界はある日突然崩された。
 始めは小さな小さな傷。放っておけばその内勝手に塞がっていくだろう、細い傷。けれど「その人」はそれを許してはくれなかった。どんなに小さな傷でも、幾つも重ねていけばやがて自分一人では治すことの出来ない致命傷となる。それと同じように、その小さな傷口も日毎、いや「彼」に会う度に広がっていった。開いた隙間から入り込んで来たのは、自分にはもう芽生えることは叶わないと思っていた、感情。「彼」の笑顔が外側から、そして抑えこんできた自分の感情が内側から、その隙間を広げ始めたのだ。
 そしてあの時。彼は泣いていた。―――何度も何度も「お前は綺麗だ」と叫びながら。しかし薄暗い路地裏に慣れてしまった自分にとって、揺れる涙と、純粋で無垢な亜麻色は眩しすぎた。眩しすぎて、あまりにも眩しすぎて―――遠かった。


 紅凰は手袋とマフラーを丁寧に元通りにしまうと、窓の向こうの空を見上げた。


 
この子だけは汚してはいけない。この金色だけは汚してはいけない。強く、そう思った。そう思ったから、ありったけの力をかき集めるようにして、振り払った。そしてその代償として、疲労感と無力感、諦めに似た空虚さを手に入れたのだ。その日の夜は今までの中で一番寒かったことを、今でも覚えている。広がり過ぎた傷を塞ぐことはもう半ば手遅れで、化膿し始めた傷口が冷たい熱を帯びて体を切り裂いた。でも、もういいのだ。儚い夢はもう終わったのだから。自分に何度も言い聞かせた。これが自分の望んだ結末なのだから。彼がくれた仄かな温もりを胸に抱いて、あの温かな笑顔だけを心に残して、そしてそのまま……。


 風がほとんど葉の落ちた枝を揺らし、地面に広がった茶色の絨毯を巻き上げる。もう少しで本格的に冷え込んでくるのだろう。


 ただただ、寒かった。―――寒かったのだ。


 彼に、マフラーを編んであげよう、と思った。そう、今日の空のような青い色のマフラーがいい。爽やかで澄んでいて凛としたこの空色は、きっと彼に良く似合う。そして、もう一度言おう。あなたがいてくれるから、あなたがいてくれるなら、どんなに冷たい風が吹いていてもどんなに深い雪が積もっていても、


『もう、寒くないわ。』


                                    < END >


*****かとりせんこ。より*****
 姫神李羽さんから、またもや強奪してしまいました・・・うわーん本当にありがとうございます!
 これってこれってもしかしてここの裏話でしょうか?
 って言うか勝手にそんな風に決め付けてるんですけど!(ひど)
 ともあれ・・・とろくさいアップデートにより少々時期外れになってしまったのですが
 (・・・本当にすみませんです・・・・・・)心温まるSS本当にありがとうございました!



→モドル?

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